フルートソナタ 第4番 卜長調  Op.83 Nr.1

この3つのソナタ作品83は、この時期の作品と多少趣を異にしている。この時期は、フルートの為の作品が特に多い時期であったにもかかわらず、このフルートソナタはそれぞれ異なった性格を持ちながらも、一応の共通性を見せている。それは、この時期が、ヨーロッパ全土に吹き荒れたロッシーニ熱と一致していた。それは、Weyse(1774~1842)を中心としたコベンハーゲンの音楽界において、イタリアオペラに対する強い反対があったとしても、又、クーラウ自身がそのスタイルに好まざるものを感じていたとしても、それにも拘わらず、このフルートソナタは、イタリアオペラの影響をなしには考えられない。

この作品83は、1826年、同じフルートの為の作品、71、80、81、85、86というたくさんの作品を残した年に作られていて、フルートソナタの半分にあたる5曲が含まれている。その様な視点でみると、作品83の3曲を一括りにして考える事は、あまり意味のない事とも言える。が、強いて共通性を捜すと、3曲とも三楽章より成り立ち、第一楽章の冒頭に劇的な短い序奏が付き、それぞれが作品番号を独立に与えても良い程の大曲ぞろいである。

第一楽章
この作品83 Nr.1は、ベートーヴェンピアノソナタOp.111(32番)の1楽章の冒頭の雰囲気を持ち、 卜短調と思わせる和音上に9小節目2拍目のC、Hの音の並べ方により瞬時に卜長調のキーの上に見事に収まる。それは、冒頭の緊張感あるリズムで攻撃的な音楽が始まるのかという期待を見事に裏切る様な甘やかな第一テーマとの二重の意味での思いもかけない効果を挙げている。

序奏のリズムを受けて成り立つ第一テーマは12小節にピアノで現れる。このテーマと序奏の同一のリズムの中での大きな気分の違いが見事に表現されて、第一テーマの存在感を強めている。
再び第ニテーマをピアノが重音で57小節より奏し印象づける。同じ型で33小節のピアノ右手パートをフルートパートが受け持つ。この前半部での重要な経過句の役割が、リズム型で要所要所をきめる。
97小節よりの冒頭の形の展開はもはや、人を驚かす様な効果は殆ど失くしている。ここは単に展開部への導入にすぎない。この楽章の冒頭では、あれ程新鮮に聴こえた和音は、この場になくてはならない音として、又、あの刺激的であったリズムは平常心で何の感慨もなく当たり前のものとしてしか耳に入ってこない。短い展開の後、145小節目から第一テーマの再現がある。179小節からは第ニテーマが再現され(変ホ長調)何度か繰り返された後、例のリズムと、16分音符の順次進行による音列の組み合わせで次第に陽気になってくる。
最後は細かくすき間を縫って走る様な16分音符と規則的に又気持をせきたてる様な同一の8分音符の繰り返しは、否応なく人の心をおどらせる。

第二楽章
スウェーデンの古い民謡「Sorgers Magt」のテーマを取り、始めのイントロダクションはピアノに全てまかせている。ピアノの右手はホ短調の属音であるHのユニゾンを8小節続ける。この禁欲的で重苦しい雰囲気はこの楽章中を支配する。
テーマはフルートが受け持つが、ほのかな曙が感じられそうになるが、やはり暗いままの朝を向える気持がする。Variation 5ではピアノのアルペジオ奏法で暗さを断ち切る決断をせまられる。調性もホ長調に変わり、人生の春をささやく様である。続くVariation 6も短い春が通り過ぎないうちにと忙しく活動するうち、やはり何か足りない、満足というものは何もないのだという人生観を作る大部分の人間の哀しさが、次第に入り込んでくる。そしてテーマの哀しみはついに癒されないまま3楽章へと進む。

第三楽章
このAllegroは大きな構成を持っている。Adagioの部分を持ち、再びAllegroの後、曲をしめくくるにあたり、strettoでこの楽章を引き締め、曲の悼尾を飾っている。
226小節のビアノ右手パートはクーラウの好んで使った下降型で、フルートソナタの中にもいくつかこのパターンは出てくる。しかし、このソナタで使われているこの形が一番長い(例:op.110 Nr.2 Rondo 82小節目からなど)この経過句がクーラウの性格的なものからくる、斜に構えるという面があったのではないかと推察できる。
126小節より、突然Adagioで教会堂へ行く気分になる。それは半音階移行を伴い精神の集中が極限に達する時、イ音のピアノのカデンツのトリルで表現している。このAの音は、ベートーヴェンピアノソナタ31番の3楽章の単音の重複に共通する精神的な高揚を感じ取る事ができる。
この様な非現実的に見える精神的あるいは信仰的な部分と、前後のAllegroの様な、めまぐるしく立ち動く現実とが、何のことわりなしに並列的に出現するクーラウの世界に、たくさんのクーラウの作品と出会う事により違和感がなくなってくる。そしてそれは、クーラウの作品の中でなくてはならない不思議な時空を創り出し、そのとまどいの世界の彷徨を楽しみにする様になる。
再び最初のテーマを繰り返し曲は大団円に向う。264小節からのクーラウの力の見せどころである対位法的手法で、ピアノが3楽章のテーマを強調し、情熱あふれたストレッタでこのソナタをしめくくる。

解説 田上紳

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